和歌山地方裁判所 事件番号不詳 判決
右の者に対する所得税法違反被告事件に付当裁判所は検事辻本修及中藤幸太郞関與の上審理を遂げ次の通り判決する。
主文
被告人を判示第一の罪に付罰金七十万円に判示第二の(一)及(二)の罪に付各罰金八千円に処する。
右罰金を納める事が出来ない場合には金二千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
本件公訴事実中被告人が昭和二十二年七月より十月迄雇傭した山本三郞等に対し其の給與の支拂の際之が源泉所得税を徴收しなかつたとの点に付ては被告人は無罪。
理由
被告人は
第一 其の所有に係る和歌山市今福百七十四番地の七地上建物及び同市和歌浦一三〇五番地地上建物を進駐軍軍人家族住宅用等として和歌山県に貸與し、その賃貸料として和歌山県庁渉外課より昭和二十二年度に於て合計百四万二千三百二円を受領所得しながら所得税法第二十六條の規定に基き昭和二十三年一月三十一日迄に和歌山税務署に提出すべき確定申告を故意に提出しないで、そのため金四十八万三千八百四円の所得税を免がれ
第二 昭和二十二年十一月及十二月の両月小川政雄外七名を自己所有船の船員として雇傭し同人等に対し
(一) 十一月分給與として各二千円合計一万六千円の支拂を為す際源泉所得税として計金二千七百六十円を徴收し翌月十日迄に政府に納入せなければならないのに之を徴收せず
(二) 十二月分給與として前同額の支拂をなす際前同様源泉所得税として計金二千七百六十円を徴收しなかつたものである。
右事実は
一、被告人の当公廷に於ける各税額の点を除き其の旨の供述
一、和歌山税務署大蔵事務官湯川彌弘提出に係る河野和兵に対する所得税計算方法説明書と題する書面中確定申告書を提出しなかつた為被告人が免れた所得税額に付判示第一に照応する記載
一、所得税法第三十八條第一項第四号掲記の別表に依れば被告人が徴收すべき源泉所得税額が判示第二の通りであること計算上明かなる事実
を綜合して之を認める。
被告人及び弁護人は(一)本件家屋は政府より強圧的に進駐軍に提供させられその為自分の生命である料理屋営業権と居住権とを剥奪せられたものだから本件家屋に対する政府支拂は家賃收入ではなく賠償金であると思つて居る従つて所得税法に所謂收入又は收益ではないから税金の対象になるべき性質のものではないと思う仮りに自分の受領した本件金員が家賃金であつて所得税の対象となるものとしても進駐軍用に供する為め日本政府に貸與したもので公的性質を帶びたものだから自分には申告義務はないと主張するが昭和二十三年六月二十三日付和歌山税務署長提出の告発書添付の和歌山県知事及被告人間の各契約書写に依れば本件家屋に関し右両者間に賃貸契約が締結せられてあることが認められるので之に基き毎月支拂われ被告人の受領した本件金員は純然たる賃貸料であることが明かであり仮りに被告人等の謂う通り当初本件建物を進駐軍用に提供するに当り多少圧力的なものが有り被告人の進んで本意に出でたものではなかつたとしても賃貸借契約が有効に成立しその使用の対価として授受されたものである以上本件金員が賠償金の性質に変ずる理なく従つて所得税の対象になる事は勿論であると共に賃貸の目的が進駐軍用に供する為であること並に契約の相手方が地方庁乃至政府であることを以て之れより受ける賃貸料の收入に付ては納税義務者に申告義務なしと謂う理由は見出し得ない次に(二)本件建物の賃貸料は、昭和二十二年度に於て百四万二千三十二円を受領して居るが他方(1)昭和二十一年十二月二十一日南紀大地震に依つて生じた被害修理として六三園(今福建物)の倒壞した燈籠の修理植木の取替費用として十五万円(2)新和歌浦の別館の接收に依り一時家族の立退先として同所納屋を住宅用に改築するに要した費用三十五万円、(3)六三園、新和歌浦別館の接收に依り真砂町料亭の改造費として二十五万五千六百五十円、(4)同料亭の買收内入金十七万円、(5)第五紀水丸建築費四十九万円以上合計百四十一万五千六百五十円を支出して居り之等の金額は右六三園及新和歌浦別館の家賃より課税免として控除せらるべき金額で有り之等の金額を右家賃金收入より控除するときは被告人の所得金額は四千八百円に達せないのみか却つて数十万円の不足を生じる結果となるので税金の対象にはならぬと思つた次第であると主張するが被告人の右挙示した費用の様なものは仮りに斯様な支出が有つたとしても家屋の修繕費又は其の他必要経費の程度を超え寧ろ財産増加の為めの費用と目すべく、所得税法上課税標準として認められる收入金額より控除し得べき経費とは認め難い。尚仮りに被告人の支出した費用中必要経費の部分があつたとしても、その種目及数額等は税務署の査定を経なければならず、その為めにも一応申告することを要し被告人に於て独自の見解と計算とに基き恣に收入金額より支出費用全部を控除した所得税法に所謂所得金額なしとして、申告義務がないとすることが出来ないと解するを相当と考える。
(尚本件に於ては税務署の取扱例に做い家賃金の三〇パーセントを経費と見込み残り七〇パーセントに当る七十二万九千四百二十円を課税の対象とした依つて被告人主張の六三園に関する修理費十五万円が全部必要経費としても右控除した三〇パーセントの中に包含されて居る事になることを附言して置く)
最後に(三)仮りに以上の主張が何れも理由ないものとしても被告人が確定申告をしなかつたのは單に申告義務を怠つたと云うに過ぎないのみか前敍の様な見解に基いた誤解に出でたものだから詐僞又は不正の行為に依つて税金を免れたと云うには当らないと弁解するに付案ずるに被告人が昭和二十二年度に於て本件家屋に付判示金額の收入の有つた事、所得税の納付に付いては申告制度になつた事を充分了知して居る事而も故に申告書を提出しなかつた事は被告人も当公廷で認めるところであり被告人に同年度に於ける右收入に関する所得税納付の意志のなかつた事も被告人主張の全趣旨から之を窺い得る所である、而して申告義務乃至は納税義務なしと被告人の信じたと云う事由の如きは何人も之を首肯し難い全く理由のないものであること敍上説示の通りである依つて之を要するに斯る事情の下に於て被告人が確定申告をしなかつたと云う事は單純に申告義務を怠つたものではなく又法律乃至事実の錯誤に基くものでもなく被告人が故ら理由のない牽強附会の辞を構えて所得を秘し不当に税金を免れ様とする意図に出たものと解するに難くない。しかのみならず之と被告人の当公廷に於ける供述並に前顯湯川彌弘提出の「河野和兵に対する所得税計算方法説明書」中の記載を綜合して認め得べき被告人が昭和二十三年三月中、和歌山税務署長其の他係官の勧告を受け之と折衝の結果漸く被告人所有の本件家屋を妻ナツ名義に裝うた上その家賃所得を僅か十五万円と見積ることに承諾を與え其の後此の分に対する所得税を納入したと云う事実に徴するときは所得を詐り不当に税金を免れ様とする被告人の意図が明らかに表現せられて居り所得税法第六十九條第一項に所謂詐僞又は不正の行為に依り同法第二十六條第一項第一号に規定する所得税額の一部に付所得税を免れた者に当るものと解すべきである。
仍て以上何れも被告人等の主張は理由ないものとして之を排斥する。
法律に依ると被告人の判示所為中第一の点は所得税法第二十六條第一項第一号第六十九條第一項前段に第二の(一)及(二)の点は各同法第三十八條第一項第四号第六十九條第二項に当るところ以上は刑法第四十五條前段所定の併合罪だから何れも所定刑中罰金刑を選び尚所得税法第七十四條に依れば刑法第四十八條第二項の規定は之を適用しないことになつて居るので右各罪に付所定罰金額の範囲内で量刑処断し刑法第十八條に則り右罰金不完納の場合に於ける換刑処分として労役場留置期間を定むべきものである。
尚本件公訴事実中被告人が昭和二十二年七月より十月迄山本三郞等を船員として雇傭し同人等に対し其の間給與の支拂をする際、其の源泉所得税を徴收しなかつたとの点に付いては右所為に対する罰則は昭和二十二年十一月三十日法律第百四十二号に依る所得税法の一部を改正する法律に於て始めて規定せられたものであつて被告人の右源泉所得税不徴收の所為当時に於ては之が罰則がなかつたので結局此の点に付いては罪とならないから刑事訴訟法第三百六十二條前段に依り無罪の言渡をすべきものである。
仍つて主文の通り判決す。
(判事 山本武)